Intro : 日本語

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幼少時のいわゆる「なぜなぜ期」から今もずっと問い続けているような気がする ——

ベルギー、フランダース地方の片田舎に生まれ、サイクリングと共に育った。ロードレースやシクロクロスのような競技に出場するだけでなく、天気にかかわらず通学は自転車だった - 自転車の概念はこれ以上改良できないものだと確信していた。この点だけはおそらく疑問を抱いたことがなかった。もっとシンプルで効率がよく、実用的で楽しく、理にかなったマシンがあるとは思えなかった。

名付け親がプロレーサーだったからもしれない、私自身はマウンテンバイクやBMXの方にむしろ惹かれた。とくにダウンヒル競技は、私のモータースポーツへの情熱にも繋がった。95年にダウンヒルのプロ選手となり、多くのワールドカップに出場し、3度ベルギー・チャンピオンになった。当時のスポンサーNicolai(ニコライ)は、スタンダードなフレームを自分の好みに合わせて改造することを許してくれた。

工業デザインの専攻は自然な選択だった。機能性を問い続け、創造性とエンジニアリングを組み合わせるのが日々の習慣となった。当時の自転車業界にはデザイナーという存在がなく、私は、見た目と実用性の両面から、日常の道具としてもっと魅力的で、自転車に乗りたい気持ちにさせる仕事が切望されていると感じていた。その結果、プロスポーツ業界には進まず、同様のヴィジョンをもつドイツの小さな会社 – Riese and Muller(ライズ&ミューラー)に加わった。
高級シティ・バイク開発の一方で、日本では導入時にBD-1と呼ばれたBirdy(バーディ)の改良の仕事に携わった。そのおかげで日本に滞在することができ、1年の開発期間を経てモノコック構造を完成させた。その間は新しいテクノロジーや製造技術特有の問題を解決する作業を製造現場で徹底的に行なう、という経験を積むことができた。

ライズ&ミューラー社の成長とともに、私はフリーランスの立場でシュワルベやセラ・サンマルコ等での開発協力や、ドイツのダルムシュタット工科大学で客員教員として講義(ハイブリッド車椅子の開発)も行った。趣味の世界では、あらゆる2輪車に乗り、レースも続けた。モトクロスやスーパーモト、2009年には東京でのCMWC(自転車メッセンジャー世界選手権)にも出場した。サイクリストであった妻に出会ったのも日本だった — そこから長距離ライドや輪行に出会った。
2007年にはステインサイクルズを名乗り始めた - 自分が好きで、でも市場にはないフレームを作るためだった。反応はよかったけれど販売は始めなかった。流行に乗って、他のブランドが同じコンセプトに飛びついてくる、と考えたからだ。

経験の量と幅は大きく増えたが、高級車の製造現場にもっと近づくため、2012年に妻と台湾に移住した。研究開発だけでなく品質管理にも携わった – おかげで多くの工場を内側から見ることができ、技術力が高く熟練工がそろった工場に関するデータを集めることができた。
台湾で暮らすことで、日本を訪れる機会も増えた。ただ日本旅行が好きなだけでなく、旧いものと新しいもの、素朴さと先端技術が同居する日本を愛してやまない。そして幸運なことに、妻と子どもたちが毎日日本文化について教えてくれる。

いま、大半は自分のために設計した小径車に乗っている。もともとは、パフォーマンスに一切妥協することなく、旅行や持ち運びに適した実用的なバイクが欲しかったのだ。それが、乗れば乗るほど面白くなってきた。それまでのオートバイやBMXでの経験から、小径ホイールがパフォーマンスにマイナスの影響をほとんど与えないことを知っていた。しかし、小径車のためのジオメトリーはおそらく誰も開発していなかったのだ。シクロツーリスムの父として知られるポール・ド・ヴィヴィ(ヴェロシオ)は小径車を擁護したが、自転車の歴史は大径ホイールを基準としつづけ、小径車を真剣に製造するわずかなメーカーですら、「大径車のような乗り味」を強調し、ジオメトリーも真似ている。

ゼロからスタートすることにした。小径ホイールをベースとしてのスタートだ。過去3年で、少しずつ異なる7種類のフレームと12種類の前フォークを作った。さまざまなコンディション、何人ものタイプの異なるライダーたちによって12000キロ以上のテスト走行をした。ここでようやく手を止めた - 他に類をみないバイクを見つけ出すことができた — 快適でありながら、どの速度域でも安定感と高い剛性を持つバイク。すばらしいバイクを数多くコレクションしており、それぞれがパフォーマンスとジオメトリーに関して様々なことを教えてくれたが、すべて問い直してみることにした - この新モデルは、たんなるロードやツーリングバイク以上のものになれるのだろうか? 軽量で頑丈、パフォーマンスと実用性が高く、荷物を載せても安定性を失わない - なんにでもなれるバイク。ベルギーの荒れた石畳の上ですら、驚くほど快適だ。Peg(ペグ)と名付けたこのバイクは、私に情熱と興奮を与えてくれた。

— 私はこの自転車を開発したわけではない。導かれるままに発見したまでだ。

ステイン・デフェルム
2018年1月

photo of peg - link to instagram #stijncycles_story


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